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言語の違いはどういうところか、仏教学問に必要な言語を考える

      2017/03/03


 言語については、サンスクリット語は完璧な言語であり、それを100点とするならば、日本語は95点、英語は80点、中国語は70点というような説明を瑞剱先生は仰っています。言語の文法のその細やかさで採点をしている訳です。

 そういう意味では、日本語は仏教を伝える上で細かいことを教えるのに適した言語だと言えますね。

 それでは、仏教の勉強には、どのような言語を勉強する必要があるでしょうか。

 浄土真宗を勉強するには当然ですが日本語が必要です。日本語でも、次ぎのような勉強が必要です。

 漢文、古語(御文などは古文であるため)。
明治時代や大正時代の古いひらがな文字やカタカナ文字など。これは仏教の良書はどうしても古い本が中心であるためです。

 漢文は少なくても返り点だけが書いてあるものを読めるようになることが必要です。出来れば返り点もない白文が読めたら、なお良いですね。返り点があるものを読めるべきというのは、大正大蔵経などは返り点だけが書いてある漢文が多いためです。

 この他、チベット語を勉強すると良いでしょう。
チベット語は、日本語に近い言語で勉強しやすいですが、チベット語で書かれた経・論・釈があり、日本語になっていないものが多い現状があります。

 例えば、現観荘厳論などは漢文になっていませんし、日本語に完全に訳出されていません。

 論ですらそのような状況なので、釈などはほとんど手がついていないというのが現状です。

 例えば、『宝性論』は漢文に訳されていますが、これは釈がなくては分からない所が沢山あります。例をだすと、ただ数字の3と書いてあるだけで、何の3なのか理解に苦しむ所があります。これは釈の中でのみ説明がされています。その釈を読むには、チベット語を理解しなければならないという事になる訳です。

 ですから、これらを勉強しようと思ったら、チベット語の勉強もしないといけなくなります。

 ただし、仏教は日本仏教だけでも十分勉強出来るという面もありますが、ただし、中観などはチベット仏教の方が細かく分かり易い説明がなされています。

 中国語と英語については必須言語ではありません。

 中国語の普通語は、禅宗の語録を読むのに必要になります。もちろん経典も中国語だと言うことは出来ますが、現在の中国語は経典を書いた頃の言葉とかなり異なるため、普通語を勉強して経典が読めるようになる訳ではありません。但し、中国語でしかない解説書もあるので、これらを読む場合には、普通語が必要になってきます。

 英語の必要性は低いですが、仏教書が中には英語に訳されているものもありますので、それを読むには英語も必要になります。ただ、このあたりは自利というよりも利他のために必要といった方がよいかもしれません。


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