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『チベット仏教の真実』を読んで

      2017/04/10


 ひょんなことで、野口法蔵師の書いた『ベット仏教の真実―「五体投地」四百万回満行の軌跡』という本を読みました。

 この本には頭が下がりますし、実際の修行をされている人だと思います。その中で、ダラムサラ(インドに亡命したチベット人の住むところ)のチベット仏教の堕落ぶりというのが書かれてあり、驚きと共に読んでいました。チベットは仏教に適した土地であったのに、その地から追われた段階で、仏教は堕落せざるを得なかったのかもしれません。それに比べて、実際のチベットのお寺はすごいと感じましたね。河口慧海さんの旅行記も思い出されました。

 また、この著者はまるで善財童子よろしく多くの知識を尋ねています。途中、浄土真宗や禅宗のお寺で泊めてもらうように交渉しますが、浄土真宗ではことごとく断れて、逆に禅宗では暖かく泊めてもらえmさう。私の実家は禅宗で、曹洞宗が懐かしく感じられました。それと日本にも大勢の知識たる人がいる事が分かりました。

 しかし、浄土真宗を学んだせいでしょうか、禅宗などでどの程度の悟りが得られるのでしょうかと考えてしまいますね。禅宗に身を投じて解脱出来れば良いわけですが、資糧道に入るのが精一杯ではないでしょうか。まあ、それでも、十分だというのかもしれませんが、それだけでは満足できないと思います。

 さて、知識(先生ではない、知識のこと)などどれほどのものかと感じ入ったわけですが、二つほど、少し驚いたので、書いておきます。

 一つは、著者もこんなところで知ったと書いてあるように、初めて読んだ内容です。それは108の煩悩の根拠です。貪欲、瞋恚、愚痴で、それぞれ細かく数えると、36ずつになるというのです。つまり、36 x 3 = 108ということになります。これは南伝仏教で教えられるようですね。また、これは、それぞれ、戒律、禅定、智慧で滅するにいたると教えているようです。

 二つは、ジャイナ教[1] … Continue readingのすざましさですね。白衣派と空衣派とあるのは知っていましたが、空衣派がこれほど修行に厳格とは知らなかったです。著者もあまりにすごい眼光に思わずひざまずいたとありました。しかも、その眼光を放射能に喩えてありました。自分の体を透かして見るという意味で使っていました。瑞剱先生のお言葉の中に阿弥陀仏の智慧を放射能に喩える話しがよく出て来ますが、これを読んで納得出来たような気が致しました。

 ジャイナ教の苦行は古えの釈尊の苦行に似ていると思うので、もしかしたら、釈尊の眼光もこの修行者のようだったかもしれないなと思ったのでした。


脚注

1 ジャイナ教と仏教は共存して来た関係があります。お釈迦様は仏教に帰依した王様にジャイナ教も今まで通り保護対象にするように勧めるなど、排斥などなされておりません。

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