お釈迦様の成道
2020/03/29
仏陀の誕生・成道・初転法輪
菩薩がはじめて生まれたとき、大光明を放って、あまねく十方に行きわたらせ、 七歩あるいて行ってから、四方をぐるっと見まわして、大演説をし、次の偈を説かれました。
「私は母胎に宿っている期限はここに終わった。(こうして誕生して)この肉体はもはや二度と得られない最後の身体である。 私はすでに解脱を獲得している。必ず衆生を(解脱させて彼岸に)渡らせなければならない。」
このような誓願をしました。その後次第に身体も成長してから、親属を捨てて出家して無上の道を修行しようと欲しました。 ある夜半に起きると、そばに遊びの相手をしている后妃や采女が腐った屍のような姿をしているのを見(決心を固め)ました。 即座に、車匿(チュンダカ)に命じて、白馬に鞍をおかせ、夜半のうちに城をとび出しました。十二由旬〔一由旬(ヨージャナ)は 一日の行程、四十里または三十六里、十六里ともいう〕を行って、跋伽婆(バールガバァ)仙人の住んでいる林のなかに 到着し、刀で髪を剃り、立派な宝衣を、粗布でできた、比丘の着る僧伽梨(サンガーティ、三衣のなかで最大のもの)に着替え ました。尼連禅河(ナイランジャナー河)のほとりで、六年間苦行につとめ、食物は一日に一粒のゴマか、一粒の米などでした。 そのうち「これは正しい道ではない」と心に思いつきました。そこで菩薩は苦行を捨てて、菩提樹のもとに到り、絶対に動揺しない 坐禅に入りました。魔王は十八億万の衆をひきいて、菩薩におそいかかりましたが、菩薩は智慧の功徳の力をもって、魔衆を降参 させました。そのとき、この上のないすばらしい正覚を獲得しました。このとき、あらゆる世界の主である梵天王(ブラフマーデー ヴァラージャ)で名前は式棄(シキ)、そして色界の諸天たちとその王の帝釈天(シャクラデーヴェンドラ)、欲界の諸天たちと 四天王がみなそろって、仏のところに参詣して、世尊に初転法輪を勧請しました。菩薩のときからもともとそのような誓願と大慈大悲 とを心に抱いていましたので、その要請を受けて、説法をしました。 巻一、昭和新纂 国訳大蔵経 2ページ
さて、この車匿はお釈迦様のお弟子になるのですが、チャンナとも言って、性格が悪く傲慢でお釈迦様にも悪口を言ったような人でした。身分がクシャトリアということがあって、驕慢であったのでしょう。お釈迦様は入滅に際して、この車匿に重罪を与えます。一切誰とも口をきけないというものでした。車匿はこの重罰をうけると、その場で卒倒して真摯な求道者となって阿羅漢になったと言われています。